社会問題化したインフラの老朽化、頻発する自然災害。それに対応するためには「部分最適から全体最適へ」の発想の転換と、「新しいインフラマネジメントシステムの枠組み構築が必要だと、国土交通省顧問(前国土交通事務次官)の佐藤直良氏は語る。同氏が提唱するのは、電子情報だけでなく、人の経験、感性を取り入れた、より大きなマネジメントの概念「CIIM(シビル・インフラストラクチャー・インフォメーション・マネジメント)」。ツールとなるのが3次元モデルとGISなどだ。具体的には、何をどう変えていくべきなのか。今後のインフラメンテナンスの在るべき姿について聞いた。(聞き手 =建通新聞社・荒木勝己氏)■つながらない情報の鎖 ―なぜ枠組みを変えていくのか。 「これまでは情報化施工に心血を注ぎ、ほぼ情報化施工の考えが全国に浸透し実績も着実に上がっている。調査・計画から維持管理・更新までの全段階を通じて情報をフィードバック可能なシステムを作ろうと始めたのだが、設計、施工面に中心が置かれすぎた」 「もともと維持管理の役に立たない施工、設計のデータはあり得ない。全てが供用開始後に生きてくる。だが、それが情報として維持管理のところまで伝わっていない。情報化施工で確立した枠組みは設計、施工が独立し、情報の流れが維持管理とつながっていない。そろそろつながった枠組みを考えないと、一連の流れが効率化できないし、途切れた『部分最適』の集まりになりかねない」■発想の転換が必要な時 ―笹子トンネル事故が契機になった。 「事故以前から、社会資本のメンテナンスを一生懸命やらないといけないと、国交省の審議会では検討を進めていたが、事故以後に就任された太田昭宏大臣からあらためて『しっかりしたメンテナンスの枠組みを確立しなくてはいけない』と指示された。一番大切なのは、社会資本が供用開始され、長く機能を発揮すること。そこから出発し、設計、施工の各段階の基準の見直しなどに、アプローチをしていこうと考えた」 ―メンテナンスの本質とは。 「社会資本は、自然の外力である地震力とか、道路であれば荷重である自動車があり、さまざまな構造物が外力に対して挙動している。その挙動を眺めて構造物、社会資本の機能を十分に発揮できているか、できていないのであれば何が問題であったのかを考える。ただ、元通り直せば良いということではない」 「事業の新規採択評価、事後評価という言葉もそろそろ変えていかないといけない。社会的効用をどう発揮できているかは単なるB/C(ベネフィット/コスト)ではない。大事なのは供用開始し、社会の中で正常な機能を果たして、地域社会全体に恩恵を与えているかどうか、あるいは他への不具合の影響は少ないかどうかだ。安全・安心と社会的な価値、そこまで視野を広げて管理していかないといけない。そうしないと、メンテナンスの重要性が浸透しないのではないか。頭を切り替える、ちょうどそういう時期だと思う」■進歩著しい要素技術 ―膨大なデータをどう管理する。 「社会資本のデータは国土管理情報をベースとして、国土地理院が担い、国土の状態がどうなっているかという情報を、GIS(地理情報システム)の中に落とし込んで社会資本管理のバックアップをしてもらうのがいい。地盤情報なども、全てGISに落とし込めば、国道であろうが、河川だろうが使い得る。社会資本を管理する上で場の条件の比較もいろいろできるだろう。一つ一つの公物管理の幅と広がりがものすごく出ててくる。そこで3次元データが有効な武器になるだろう」 ―土木でも3次元モデルの試行を始めた。 「世界の潮流として、建築分野でBIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)が取り入れられ、3次元の仮想現場の中で、設計、施工の段取りなどが行われている。複雑な建築にできて、土木にできないわけがない。自然災害が起きた時も、どのように変動したか、3次元の方がより分かりやすくなる」 「供用開始した土木構造物は実物実験しているようなもの。さまざまな荷重条件、自然の外力を長い年月を経るうちに受けている。現場条件、地形条件、地質条件が違っても、同種の橋梁が経験した外力を当てはめることは2次元でもできるが、3次元だとよりアプローチしやすくなる」 ―危機管理にも役立つ。 「リスクマネジメントとは、平時にどれだけリスクがあって、ある程度事態を想定し対応できるように、ヒト、モノの最適システムを作るということ。その備えがないのに、いったん危機的な状況になった時、果たしてマネジメントができるのか。平時にBCP(事業継続計画)の策定も含めて、資源の配分までしっかり整理しておかないと、実際の災害、事故が起きた時、マネジメントなんか絶対にできない。平時の準備、日常の管理がものすごく大事だ。自分が管理しているものがどういう状態なのかわからないのに、リスクマネジメントなどできない」 ―新しい枠組みを支える技術は。 「ベースとなるGISは実用段階にあり、ほかにも航空レーザー測量、干渉SAR(※電波の反射を比較干渉させることで地面の動きを模様の形にする技術)などがある。浜松の山の崩壊では、地上設置型の高精解光レーダーを持って行って連続的に測定した。地上型、飛行機、衛星といろいろあるが、精度が個々によって違う。どのような場面で使っていくかはまだまだこれから。ダムサイトでも使えるのではないかと考えている」 「また、現場の入退場の管理にICタグを利用したり、安全管理上、ヘルメットにタグを入れて置いて、位置情報と物理データ、空気の情報でアラームを与えてあげる。だんだん要素技術が整ってきたので、そういうものを実用化して働く人の命を守ることが大切だ」■ツールを使い判断するのは人間 ―ロボット技術も導入しようとしているが。 「最先端の技術が万能なのではなく、人間の知恵、経験を加味し得るシステムにしないといけない。ツールをどうやって組み合わせるか、どうやって有効に生かすかは、人間が判断する。人間が判断し得る材料をどう整えるかと、ツールを使いこなす技量が重要だ」 ―新しい枠組みづくりのプロセスは。 「本省の10人ぐらいで勉強会をやっている。コンセプトはまだ霧がかかっているが、それを取り払っていくのは国土全体を俯瞰できる立場にいる人たち。どう進めていくかもこれから整理する」 ―専門分野の確立、体系化も必要になるのでは。 「造るための学問体系は相対的に進んでいるが、機能を維持するとか、社会的な効用をより上げていくという分野がまだ追いついていない。学問の世界も含め、ステークホルダーの担い手の資質も視野に入れていかないといけないだろう」 「まったく違う視点では、もっとプレハブ化を考えてみる必要がある。自動車産業のようなところまではいかないが、住宅産業のいいところを少し取り入れてもいい。素材も含めていろいろ考える余地はあるのではないか」■変わる中小業者の役割 ―中小業者はどう対応していくべきか。 「『町医者』である地場の業者には非常に期待している。施工する時に技術的にいろいろ気になる点が多くても、受発注者の関係だと、それがなかなか表に出てこない。しかし、施工後、何十年も影響するとなるので、施工を担っていただく地元の建設業が感じた施工途中の不安や工夫した点を次の管理に生かしていく必要がある」 「データとしての出来形、3次元データも大事だが、そこで人間が感じたものが一番大事であり、地域の建設業の役割はがらっと変わる。地元に精通している人たちにどういう思い、どういう視点で物を造ってもらうか。これが地域に生きてくるはず。発注者と受注者の対立ではなく、各々の役割を尊重していこうということ。社会インフラのマネジメントにも、母親が子供に愛情を注ぐようなシステムが必要だと思っている」。【略歴】佐藤直良(さとう・なおよし)氏=東京工業大学大学院(土木)修了。1977年4月建設省入省。関東地方建設局荒川上流工事事務所長、佐賀市助役、国土交通省四国地方整備局河川部長、大臣官房技術調査課長、大臣官房技術審議官、中部地方整備局長、河川局長、技監などを歴任し、2012年国土交通事務次官に就任。13年8月から国土交通省顧問。1952年9月生まれの61歳。神奈川県出身。